それは、私が今の車に乗り換えて二年ほど経った、ある夏の日のことでした。その日は取引先との重要な商談があり、私は少し緊張しながら、会社の駐車場で愛車のドアを開けようと、いつものようにキーレスのボタンを押しました。しかし、いつもなら「カチャ」という軽快な音と共に開くはずのドアが、うんともすんとも言いません。何度押しても、反応はなし。キー本体の赤いランプは、チカチカと虚しく光るだけです。商談の時間が迫っており、私の心には焦りが募りました。まず疑ったのは、もちろん電池切れです。しかし、半年前の定期点検で交換したばかりのはず。それに、ランプは光っている。頭が混乱する中で、私は必死に車の取扱説明書を思い出し、スマートキーに内蔵されているメカニカルキーで、なんとかドアを開けることに成功しました。しかし、問題はここからでした。車内に乗り込んでも、スタートボタンを押しても、エンジンはかかりません。メーターパネルには、鍵のマークが点滅し、「キーが見つかりません」という非情なメッセージが表示されるだけ。この時、私は初めて、キーフリーシステムのありがたさと、それが機能しなくなった時の絶望的な無力さを痛感しました。結局、その日はタクシーで商談先に向かい、なんとか事なきを得ましたが、私の頭の中は、動かなくなった愛車のことでいっぱいでした。仕事が終わり、懇意にしている自動車整備工場に電話で相談すると、社長は「ああ、それは同期ズレかもしれないね。一度持ってきてみて」と、落ち着いた声で言いました。翌日、レッカーで運ばれた私の車を、社長は専用の診断機に繋ぎ、何やらパソコンを操作し始めました。そして、数分後。「はい、直ったよ」。そう言って渡されたキーでボタンを押すと、あれほど沈黙を守っていた車が、嘘のように反応したのです。原因は、やはりキーと車両のID情報の同期が、何らかの電子的なエラーでズレてしまっていたことでした。再設定の費用は数千円。もし、焦ってディーラーに持ち込んでいたら、キーの交換を勧められ、数万円の出費になっていたかもしれません。この一件は、私に二つの教訓を教えてくれました。一つは、緊急時の対処法を知っておくことの重要性。そしてもう一つは、信頼できるプロの整備士という存在の、何物にも代えがたいありがたさでした。
ある日突然キーレスが使えなくなった私の体験談